

鹿島自動車センターの歴史~継承編~
前回は親子ゲンカ勃発のあたりまでお話ししましたね。 後を継ぐ覚悟をすると「時代に合わせて変えていかなければ」と張り切るのですが、空回りばかりで、そう上手くはいきません。 すると親父が「見栄を張らずに堅実にやれ。」と当然のことを言います。...


古着をこんなにいただきました。鹿島自動車センターから御礼
先日のブログで 「要らなくなった古着を分けてください」 とお願いしたところ こんなにたくさんいただきました。 お持ち頂いたYさん、Oさん、Nさん、Tさん ありがとうございます。 とても助かります。 まだまだ受け付けておりますので、ご家庭でご不要の古着がありましたらぜひ当店に...


ダイハツMOVE エンジンから「キー」音が鳴ったら ウオーターポンプを疑って
ダイハツMOVE (LA100S)が入庫しました。 エンジンから「キー」音がするとのご用命です。 「キュルキュル」「シャラシャラ」音だと ファンベルトの可能性大ですので まずはファンベルトを点検しますが、今回は違うようです。 次にウオーターポンプを疑います。...


自動ブレーキを考える 最新技術は誰のため
自動車事故の痛ましいニュースが後を絶ちません。 とても残念なことです。 たいていは運転操作の誤りで最新の自動ブレーキさえあれば防げたものがほとんどです。 ヒヤッとした事のある人もない人も一度心静かに考えてみてください。 自動ブレーキは貴方のために開発された技術です。...


鹿島自動車センターの歴史~立志編~
1995(平成7)年 当時 父・母・整備の先輩2名のところにサラリーマンを辞めた私が帰ってきました。最初はツナギを着て整備の修行からスタートです。 工具の名前もイチから教わりました。 仕事が終わってからも自分の車(フォルクスワーゲン)をいじってたぐらい楽しかった覚えがありま...


鹿島自動車センターの歴史~河谷編~
さて、前回に続いて当店の歴史河谷編をお届けしたいと思います。 1967(昭和42)年 三番目の子として生まれます。 子どもの頃はテニス少年で高校の時にあの松岡修造とも対戦しました。 (写真の背が高くてシュッとした方が松岡修造・汗拭いてるのが追い込まれた河谷)...


鹿島自動車センターの歴史~創業編~
今回から数回に分けて当店の歴史についてお話しします。 ご興味のある方は読んでみてください。 1937(昭和12)年 盧溝橋事件の年に私の祖父 河谷久八(写真左から2人目)が市内高津原で「河谷モータース」を起こしました。 クルマ時代が始まる前のことで佐賀県下14番目の開業です...


草むしりの才能 鹿島自動車センターはほめられて伸びます!
お店をやっているとどうしてもついて回るのが草むしり。 うちのように小さい店でもやり出すと結構大変です。 だいぶ格闘したのですが、なかなか終わらず 「疲れたなー、まだ終わってないけど今日はもうやめようかなー」とあきらめかけたその時 お隣のおばあさんが通りかかりました。...


第四師団長さんから感謝状をいただきました 鹿島自動車センターの名誉な一日
退職自衛官の再就職に協力したということで だいよん師団長さんから感謝状をいただいてきました。 感謝されるような大したことはしていませんが、光栄なことです。 いま勤めてる市瀬も(辞めちゃいましたが吉村も)もとは自衛官です。...


麦秋の心配 ビールは飲み切れるのか?
畑の麦がだいぶ色づいてきました。 ”麦秋”というらしいです。 数年前の今頃の季節のことに なりますが 沖縄から来た女子大生のお客さんを 車でグルグルと案内したことがあります。 「これ何ですか?」 「麦ですよ」 すると窓をいっぱいに開けて胸いっぱいに 吸い込み...

