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鹿島自動車センターの歴史~河谷編~


さて、前回に続いて当店の歴史河谷編をお届けしたいと思います。

1967(昭和42)年

三番目の子として生まれます。

子どもの頃はテニス少年で高校の時にあの松岡修造とも対戦しました。

(写真の背が高くてシュッとした方が松岡修造・汗拭いてるのが追い込まれた河谷)

当然(?)負けましたが彼は私に勝ったことをきっかけに全国・世界へと羽ばたいていったわけです。

このネタが今でも飲み会で通用するのも、ひとえに彼の功績のおかげと感謝しています。

卒業してサラリーマンも経験しましたが、誰も店を継ぎそうになかったので「店をたたんでしまうのはさすがに寂しいな」と考えてうっかり戻ってきました。

車屋の息子のくせに何も知らなかったので、まずは整備の修行からスタート!

28歳の冬でした。

工場の冬の寒さと夏の暑さは温室育ちの私には辛かったですが、きちっと整備が出来た時の気持ちよさはかなりのものです。

そのうえお客さんから「ありがとう」の声を頂いたときなどは「整備の仕事っていいもんだな」とよく思いました。

今では営業に力を出していますが、ひとつずつきちんと仕事してお客さんを喜ばす。

そんな整備工場としての気持ちが当店の根っこだなと思っています。

皆さんも多少大げさに喜んで頂くと、私たちはより力を出すことができます。

ひとつよろしくお願いします。

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